「チェ 28歳の革命」を観て思う事

通勤の途中の駅に貼ってあるポスターを見て、ああ、これはみなきゃいかんなと思っていた所、丁度友人と一日遊ぶ機会が有った為友人も巻き込んで観て来た。

あくまでエンターテイメントではなくドキュメンタリーとして事実を忠実に描こうと試みているからか、劇的な盛り上がりや感動的なシーンというものは少ない。
が、ベニチオ・デル・トロの熱演で、ゲバラの革命への熱い情熱や理想が迫力を持って伝わってきた。
元の顔は全然似てないんだが、彼が演じるゲバラは本当に本物そっくりだった。
#とはいえ、あまり本物の顔を頭に焼きつく程映像でしっかりとみた事がないのだが。

オンボロな船でたった80人でキューバへ向かう所から、必死に生き延び、徐々に現地の農民やゲリラの心をつかみそこでリーダーシップを発揮するようになり、やがて医療器具を他人に託して銃を手に取る象徴的なシーンを経て、第二軍司令官としてサンタ・クララ突入を断行し、これを陥落させる迄を淡々と、しかし生き生きと描いていた。
そこに出てくるゲバラは未だ英雄ではなく、熱い革命への情熱を胸に秘めながらもクールなゲリラのリーダーだった。

一方、シーンの合間毎にランダムに挟まれる映像は、ゲバラが革命政権の主席として敵地・アメリカNYの国連本部へ赴く所。
そこで描かれるのは、”革命の英雄”ゲバラ
国連本部へ移動する道でも「この人殺し!」と怒鳴られ、総会の席でも周り中敵だらけの状況で一歩も引かずにアメリカ帝国主義を非難する演説をまくし立てる。
執拗な追求にも一切ひるまず、自信に満ち溢れ尊大な態度を取り続ける。
アメリカ人を目の前にして、本人に対して「敵」と言って憚らない。
が、どこかそこにはリアリティがない。
時系列的にはこちらの方が後なのだが、まるでフラッシュバックを示唆するような感じに挿入されており、映像も白黒で荒々しく、夢の中のよう。
ゲバラのリアリティはいつもゲリラ戦の最前線にあった、という事を伝えようとしているのだと理解した。

惜しまれる点は、何故かハバナ入城を待たずに1話を完結させてしまっている所。
これは観ていてとても不完全燃焼感が残った。え?って思った。
もう一つは、やっぱりスペイン語がわからないと完全には入り込めないなぁと思った。
家に帰ってきてyoutubeで本物の演説を見ようとかしても、彼が何を言っているのか一言もわからないのでは。。。
とはいえ、全編スペイン語で通したのは偉い。そうでなくては。


何故今、ゲバラなのか?
というような疑問を呈している記事をネットで幾つか見かけた。
ソ連が崩壊して冷戦が終わり、共産主義革命について西側からも冷静な目線で見れる日が来たから、ゲバラの再評価が進んでいる、と書いている人も居たが、それだけじゃないと思う。

ここ数年の間で、中南米は急速に左傾化している。
ニカラグアキューバベネズエラエクアドル、ブラジル、ペルー、ボリビア、チリ、ウルグアイ、アルゼンチンと、実に10カ国で左派政権が誕生しているらしい。
アメリカが推進した(押し付けた)新自由主義政策の結果、貧困と米国企業の富の収奪が酷くなったから、それを阻止する事を公約に掲げた左派が人気になったのだという。

筆頭はウーゴ・チャベス ベネズエラ大統領だ。
尊敬する政治家はフィデル・カストロ、軍人時代に貧困層の暴動に賛同してクーデターを起こすが失敗、その知名度を利用して大統領になり、反米・社会主義路線を突き進み、この政策を「ボリーバル革命」と名づけた。
「21世紀の社会主義」を標榜し、軍のスローガンに「社会主義か!死か!」を導入。
ブッシュ大統領を「悪魔」呼ばわりし、先日の金融危機に際しては「米国はいつの日か社会主義に向かう。このことに私は少しの疑問も抱いていない。」と発言。
発言を聞くだけでもすぐわかりそうだが、間違いなくカストロゲバラの申し子だ。
これが彼一人だったら遅れてきた社会主義者という感じだが、これが一人ではない。

ゲバラが殺された地、ボリビアエボ・モラレス大統領も急進派の一人。
大統領就任式典では「他の人と並んでゲバラに哀悼の意を表する」と延べ、「ゲバラのやり残した革命を行う」として天然ガスの国有化を断行した。
キューバで行われたゲバラの死去40周年式典はモラレス大統領も参加して執り行われたらしい。
この2つの政権とキューバカストロ政権を軸になり、ここに周辺国で生まれた左派政権も加わって反米/非米グループというような様相をみせており、武力闘争・経済封鎖まで行くかはともかくとして最早米国の言う事にただ従う中南米ではない、という状況になりつつある。

去年の秋ごろに国連総会議長にニカラグアのブロックマンが就任したらしい。
これは、中南米諸国が結束して推挙した結果だという。
彼は就任早々の演説で「安保理事会の中には、戦争中毒の国(アメリカ)がおり、世界の平和と安全を脅かしている」「(米軍のイラク)侵攻によって120万人もの人々が殺された」と堂々と激しいアメリカ非難をやったらしい。
ゲバラ国連での演説をやった時のような、あの孤立感は最早無い。

今だからこそ、ゲバラ中南米のスターなんじゃないか。
それが政策として正しいか間違っているかはともかく、中南米の心はそちらの方向へ揺れ動いているんじゃないか。
そしてそれは今まで米国が中南米で行ってきた事の当然の帰結なのではないか。
彼が死んだのはもう40年も前の事らしいが、ゲバラの革命は未だ続いているのだなぁと改めて考えた。